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フレンズ30周年を迎えて2026.06.01

フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダーの30周年を迎えるにあたり、文章をとの依頼に、もちろん何の抵抗もなく引き受けたのですが、いざ書こうとすると、何を書けばいいのかと全く筆が進みませんでした。私がフレンズの活動に関わり始めたのは、1999年5月に看護ボランティアで2か月滞在したのが最初でしたので、27年前になります。この27年間の出来事や思いは紙1枚では伝えきれないほどの時間だったと改めて実感しています。

 

 

一番初めにカンボジアのアンコール小児病院へ赴任した当時は、開院して数か月後でした。既に病院は診療を始めており、入院病棟を6床でオープンしたばかりの時で、みんなソワソワ。私もドキドキでした。点滴に蟻がたかっていたり、停電が頻繁に発生するなど慣れない国での看護で、投薬や処置が間違いなく提供できるか、一つずつ細かく確認する作業が毎日続きました。そして、少し慣れてきた頃に「投薬ミスをしてしまった!」と言われた時には、心臓が口から出てきそうになりました。そんなハラハラな時間と対象的に、患者さんも落ち着いている時には、病棟にミシンを持ってきて、ピロケースやシーツを自分たちで作ったというのどかな思い出もあります。

 

当時、私は周囲の人たちへ、「アンコール小児病院が安定した診療を提供できるようになるには、40年位かかるかもね」と話していましたが、そのころの自分が恥ずかしくなる思いです。その後の成長は想像を超えた見事な『裏切り』でした。

 

カンボジアの自立を見届け、ラオスへ。愛着あるアンコール小児病院を去ることはとても寂しいことでしたが、新しいことの始まりはいつも心が躍ります。特に立ち上げは未知の可能性のはじまりですから一塩です。

 

カンボジアとラオスは似ていて異なる国。人も文化も違うので、小児病院の在り方も同じではありません。2つ目のプロジェクトは、1回目の失敗から学びを生かすという点ではやりやすさもありましたが、そこに頼りすぎるとうまくいきません。試行錯誤の思考は常にもちつつ、ラオ・フレンズ小児病院も今年で11歳を迎えました。

 

11年前に初めての患者さんを迎えた時の場面が今も目に浮かびます。準備万端で迎えたオープンですが、患者さんが来てほしいような、来てほしくないようなというスタッフの表情。そして、小さい男の子がお母さんに連れられて恐る恐る伺うような様子で来院しました。その時のスタッフは、やるべきことをこなすことに必死ながらも、「この子は一体何が必要なんだろう」という思いがあふれ出ていた姿だったのを思い出します。

 

その時には気が付かなかったのですが、それが、『人を看る』ということ。その人を知りたいと思う“人の本質”なのではと思います。病院でありながら、病気だけを看るのではなく、病気にかかっている“その人”を看ることができるスタッフがいる病院。これが、フレンズ30年で培われたゆるぎない産物であり、ここに息づいていることを感じます。

 

そしてこれからも40年、50年、100年とこの精神が変わらず引き継がれていくことを願っています。

 

フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダーJAPAN代表
赤尾 和美

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